自由な街で、自由であるために、踊り続ける in NY
New YorkでのTAP活動の様子、皆に役立つ情報なども載せていきたいなー。

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おじいちゃん

ojiichan.jpg





おじいちゃんが亡くなった。


ちくしょう、悔しい。



悲しいだけじゃなく、悔しい。



なんでみんな旅立ってしまうんだ。



この自然の法則に憤りを感じる。




きっと自分がそういう年頃に差し掛かったのだろう。

まわりの人々の誕生の知らせ、逝去の知らせがこの先も行き交っていく。




自分には7人のおじいちゃん、おばあちゃんがいた。


父を育てた両親、その隣に住んでいた父を生んだ母と義理の父、

そして早くして亡くなった父の本当の父、そして母の両親。



昔はこの父方の家族構成がまったく理解できなかった。


父も母も兄弟が多いから、とにかくおじいちゃん、おばあちゃんがいっぱいいて、

親戚がいっぱいいて、楽しいいなーという感覚だったのを覚えている。



子供の頃、父や母の実家に年に1、2度行くのがとても楽しみだった。

それぞれ富良野と和歌山のど田舎で自分が住み慣れた街とは別世界だった。


見たこともないバカでかい蛙みつけて、木に体当たりしてカブトムシ落っことして、

ぼっとん便所で用を足して、生まれて初めてのヤマビコを体験して子供の頃の冒険欲を

胸いっぱい、腹いっぱい満たしてくれた。



おじいちゃん、おばあちゃんと呼べる人が存在してくれてたことがとてもありがたい。


でもこの先、「おじいちゃん」と呼びかける人がいなくなってしまって寂しい。



少し前にもう「お父さん」と呼びかけることができなくなってしまったけど、

誰もいない夜道で一人で叫んだりしている。



もう使わない単語なんて寂しいから。




今回亡くなってしまったのは父方のおじいちゃん。


昔は恰幅が良く、威厳もある顔立ちだったけど、歳を重ねるにつれ、仏のような

優しい顔になった。



人の死というものに触れると、自分の生というものを考える。


いつか消えるこの命でなにができるだろうと思い巡らすけど、

結局いきつくところは、ただ今ある与えられた生をしっかり生きるということだ。


何を考え、何を信じ、どう生きるか。



いつの間にか人生の結果というのは気にしなくなっていた。



ただただ「どう生きるか。」




人間の力っていうのはすごい、可能性も無限だって信じてるけど、

その一方で人間ができることなんていうのはたかが知れているという

思いがある。


それはきっといま身の回りにあるもの全て、人間も含めそれらは所詮、

何千年も続く人類の歴史からの産物だという事実があるからだと思う。



全ては少しずつ、少しずつ受け渡してもらってきた。


日本の国も、タップダンスも。


そして、おじいちゃんおばあちゃんが、自分に命をつないでくれた。



ただ自分はその生を全うするのみ。






おじいちゃん、ありがとねー!!






まさと









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コメント

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【2011/05/14 14:28】 URL | げん #-[ 編集]
げんちゃん、

めっちゃ久しぶりっ!! 元気かな?
コメントありがとう!
【2011/05/15 16:50】 URL | まさと #-[ 編集]

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