自由な街で、自由であるために、踊り続ける in NY
New YorkでのTAP活動の様子、皆に役立つ情報なども載せていきたいなー。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本2014

お久しぶりです。


前回ブログを書いてから、クリスマス、正月と過ぎ、そろそろ春を

迎えようとしている。


そして今、自分は日本にいます。

8月に帰国ついでにビザを更新しようとしたけどうまくいかず、予想以上の

日本長期滞在になってしまいました。


初めはなんとかアメリカに帰る事ばかり考えていたけど、アパートの引き継ぎも

なんとかなった後は、まあ少し日本で過ごしてみるのもいいなと思うようになった。


夏、秋、冬と過ごしてもうすぐ春。


考えてみるともう10年近く日本の四季を味わっていなかった。

一年間のつもりのアメリカ滞在がこんなにも長いモノになってしまった。


気づけば親父も死に、おじいちゃん、おばあちゃんも亡くなり、親戚、友達はどんどん

結婚していき子供も持つようになっていた。


母親は隠居生活を楽しみ兄貴も結婚した。


周りの状況は少しづつ変化してるのに自分は何か取り残されてる感じで

気がつけば実家もなくなり、根無し草。



日本に住み、時間が経つうちに自分が今この時期にここにいるのは

必然のような気がしてきた。



まあしばらく日本滞在を楽しんでみようと思っている。

NYには帰るけど。


ここ2ヶ月くらいでやっと生活も落ち着きタップも毎日できている。

ほんと最初の4ヶ月は人生でこんなにタップしない日はもうないだろうと

いうくらい踊ってなかった。


最近では行きつけの音楽スタジオにやっと板を置かせてもらえるようになって

助かっている。 さすがにコロコロ重い板を毎回運ぶのは大変だし、時間も随分

無駄にしてる気がした。


でもできることならやっぱりダンススタジオでもっと練習したい。



ギターはNYにいた時せっかく続けていたのに日本の今住むアパートでは演奏でき

ないし、続けることができないのが残念だ。



日本に住んでもう半年。

だいぶ日本の常識も体に染み込んできた気がする


初めの頃は日本に突っ込みどころ満載で、自分でも冴えてるな! なんて思う

事もあったけど(笑)、そういったセンサーがだんだんと働かなくなっているのは

寂しい限りだ。



とにかく日本に帰ってきて悲しくなるのは日本のアメリカ化。

どこもかしこも横文字だらけで、電車にぶら下がった広告なんかでも英語が

入ってない物を見つけるのは相当難しい。


テレビで使われる言葉もイニシアチブやらコスパやらウインウインやらほんと

なんか聞いてて恥ずかしくなってしまうし、原宿の一風景なんかは、もう看板は

英語だらけで、もしここを歩いている人間をすべて外人にして、アメリカの田舎に

住む人間を目隠しして連れてきて「ここはアメリカの都市の一つだよ!」って言っ

ても絶対信じるんじゃないかと思う。  ほんと大袈裟でなく。



東京オリンピックでそういった動きはさらに加速していくだろうけど、まあ

一方向にそういったエネルギーが向かって振り切ってしまうと、また逆方向に戻って

いく動きもあるだろうから、そんな時また日本らしさが見直される事を望んでいる。




今は下北に住んでいる。

なかなかエネルギーがあっていい街。

日本をいっぱい満喫してまたNYに戻れたらと考えている。





まさと












スポンサーサイト

日本 2013

先週から日本に帰ってきている。


いやー、やはり日本は最高。 食べ物うまいし、人は親切だし、、。


8月15日は友達と靖国神社へ参拝に行ってきた。

この日本の国土、文化を守るために命を捧げた英霊に感謝。



IMG_1110.jpg IMG_1111.jpg IMG_1104.jpg





終戦屈辱日


決して記念日なんかではない。


日本に帰って来ると戦争に関するテレビ番組がやってるけど、そこでは

いかに戦争が悲惨だったか、日本人がどんな辛い目にあったかしか

語られていない。 


人間の恐怖心を掻き立て、戦争は恐ろしいものだ、だから平和こそ

守るべき価値あるモノ、という戦争の断片しか語られていない。


そこには敵がいて歴史に残る残虐行為を行ったという大事な事実が

完全に欠落している。


日本人が平和に暮らしていたにもかかわらず、砲撃によって開国を迫られ

望まずとも帝国主義の荒波に巻き込まれた。


アメリカとの戦争回避のため、あらゆる手段を尽くしたが、挑発行為を

繰り返され、最終的には石油の禁輸、それは当時の時代背景では日本人に

「死ね」というのと同等の宣告をされ戦争に踏み出さなくてはならなかっ

たという事実があった。



平和に暮らしてた日本を侵略しようとした輩がいた、そして今侵略している

輩がいるという事実を決して忘れてはならない。


広島の原爆ドームは、奴隷貿易の拠点となったゴレ島、アウシュビッツと

同様に負の世界遺産として位置づけられて登録されている。



8月15日にここへ来たのは初めてだったけど、沢山の若者が参拝に

来ていてとても頼もしく思った。


安倍首相靖国神社参拝請願書に署名。

もちろん国立追悼施設反対の書類にも署名。



東京に少し滞在し、今は実家のある札幌に来ている。

札幌は本当に時間がゆっくり流れているなーー、、と思う。

この平穏が自分に与えてくれるエネルギーは計りしれない。


やっぱり将来的には札幌に住みたいなー、なんて思ったりもするけど、

タップで生活するのはかなり大変だし、冒険心の強い自分はすぐそわそわ

しそうだし、現実的に難しいなーと思う。 

ここでタップダンサーとしてやっていくのは。



夏に日本に帰ってくるのは夏休みのつもりだから、あまりタップをしない

ようにしてるけど、今回はこんな感じで少しスタジオに通っている。


IMG_1139.jpg


兄貴のお嫁さんの自転車で背中に板を背負って。

カメ仙人の甲羅のイメージで(笑)



残り多くない日本生活満喫しまーーす!


とりあえず日曜は25年ぶりくらいに野球の練習試合。

ホームラン、かっ飛ばしてきまーす!




まさと

サヨナラCOLOR




Super Butter Dog、サヨナラCOLOR、歌ってみました。


ギターをやってる人は弾いてみようと思う曲を見つけると他の人がどう弾いて

いるのかYoutubeでチェックして参考にしたりすると思うんだけど、そうすると

上のような顔なしの弾き語り映像が沢山見つかる。


自分もそういったものに前からお世話になっていて、いつかは自分もやってみようと

思っていて、ついにやってしまった。(笑)


人前で弾く実力はないけど、発表の場もなく自分だけで楽しんでいるというのも

物足りないといった感じで、まあ自己満足ですね。


アマチュアだからといって自分だけで楽しんで自己完結っていうのはちょっと

寂しい気がするからこういうネットが発達しているというのはいい時代なのかも。



前にも書いたし、森山直太朗も曲の中で歌ってることだけど(笑)、ほんとに

ギターを弾きながら上手に歌を歌うのは難しい。


何度撮り直しても、ギターをどこかしらミスってしまったり、歌の音程が外れて

しまったり、まあ最終的には諦めることになるんだけど、そう考えるとプロの

ミュージシャンは本当にすごいなーと尊敬してしまう。 


この映像も何テイク目だ?って感じで、、、。(汗)

まあこれが一番マシかなって感じ。



前回、歌とギターそれぞれ一つずつやったらどちらももう少し上手くできる

と書いたけど、ネット上で同じようなこと言っているような人がいて笑って

しまったので今回は言わないことにします。 あはは。



まあ今後はこんな言い訳がましいこと言わなくていいようもう少し頑張ります。




今後も勝手に弾き語りアップしていきまーす!




まさと







憧れ




これいい曲。


前に少し書いた竹原ピストルの曲。

なんかお笑い芸人がやるような前フリ的なのも入ってていい感じ。

心に響きます。



そしてこれ。 

URLになってしまうけど。

www.youtube.com/watch?v=l8jIxEUnf34

尾崎 豊

神曲です。


このプライベート映像を見た時はかなり感動した。


中学、高校とB'z、尾崎にかなりはまった。

同じライブ映像を何回も何回も見て、歌もカラオケのためにいっぱい練習して、

稲葉のようになりたかったし、尾崎のようになりたかった。


そのわりに中学の時買ってもらったエレキギターはすぐに触らなくなったという

のはとても不思議なんだけど、、、、。(笑)



たまに思うけど、人間が抱く「人に憧れる」というエネルギーって多大な力を

放つと思う。


この「憧れ」が生み出す力ってすごくて、人生に希望を与えたり、明日への活力を

与えたり日々をプラスのエネルギーで満たしていく。


人生においてとても大切で価値を置くべき「心の状態」だと思う。




生まれて初めてこの憧れという心を抱いたのは、言うのがとっても恥ずかしいが、

光GENJIだ。


かあ君が好きで好きで、光GENJIの下敷きや、文房具セット、生写真、プロマイド、

ビデオなんかも持ってたなー。 ローラースケートも毎日やって。


親に静かにしてもらって、テレビにラジカセ近づけて一生懸命、歌を録音したりもした。



そういえばお店に大好きな、かあ君のポスターが売り切れでなくて、仕方なく

山本淳一のポスターを買ってしばらく部屋に貼っておいたが、小学校の遠足で先生

から聞いた怖い話で、「ある旅館に泊まった男が寝てる時に室内にあるポスターの

男に話しかけられ無視し続けていたが、とうとうその声に応答してしまった時には、

その男とポスターの男が入れ替わってしまった」というのを聞いてめっちゃビビッて

しまい、部屋に貼ってあった山本君が急に恐ろしいもとなり剥がして捨ててしまった

というのを覚えてる。


山本君、ごめんなさい。(笑)


当時は近所のその辺の商店で光GENJIグッズが買えたからすごい人気だったんだなー

と思う。



自分の憧れに関してはこの光GENJI、尾崎やB'zくらい憧れたのはタップダンサーの

Savionが最後かな、、、。 よくYoutubeでインタビューを見ている。


他にもここまでではないけど憧れとか、すごいなーという人はいっぱいいる。



あとよくYoutubeでインタビューを見ているのは世界的ピアニストのLangLang。

正直クラシック音楽の事は詳しくないし、技術的にどうとかっていう所までは

わからないけど、彼の場合は自伝「Journey of a Thousand Miles」を読んで

ノックアウトさせられてしまった。
   

しょっぱなから引き込まれるストーリーで、次はどうなるんだと、ページを飛ばして

結果を先に覗き見したくなるよう感じ。


こんな壮絶な人生を送った芸術家が世の中にいるんだ、、、と人間的にすごく興味を

持ってしまった。


ピアノのために幼少期に母親から引き離され、北京で父親と二人三脚でピアニストへ

の道を歩んでいく。父は仕事も辞め、彼に付きっきりで、母はその2人を養うために

働き、それはまさに3人分の人生をかけたピアニストへの壮絶な道。 日本語でも本

が出ているらしいので興味のある人は読んでみて下さい。中国ではベストセラーの

ようです。





「憧れ」


とは本当にすごい力だと思う。


これが放つエネルギーをこれからも大切にしていきたい。






まさと

O-1 ビザ アーティストビザ 

数日前、2度目のO-1ビザ延長申請の許可が下りました。


今回も弁護士なしでやることができた。(パチパチパチ)(笑)


前回は1年延長だったけど、今回は3年の延長ができた。


ホームページではO1ビザの延長は1年と書いてあり、ほとんどの人は一年ずつの

延長だけど、知り合いに2人ほど3年の延長ができたという人がいて、自分でも

かなり興味が湧いていた。


彼女たちは弁護士に頼んだのでなぜそうなったかわからないという事だったので、

自分なりに「こうすればいけるだろう!」っと勝手に決めつけてなんの確信もない

まま提出して本当にそれが通ったので、今回はかなり嬉しかった。


とりあえず一安心。



ほんとこのビザの手続きというのは面倒くさく、不安もあり精神的ストレスになる。

一年ずつの延長ならその度に$325かかるし、日本に帰ってビザの面接やる時は

さらに一万いくらかかる。


だから3年延長というのはその負担が減るし、だいぶ楽になるからほんと良かった。



一応プチ情報を載せておくと、このビザ延長の後、日本へ帰った時は面接になるけど、

ある一定の条件を満たしていると面接が免除され、書類の郵送でビザの手続きをする

事が可能です。


スポンサーが前回と同じであったり、申請許可の書類が届いて一年以内の場合等。

詳しくは大使館のホームページに載ってます。



たまにO1ビザに関してブログを通して知らない人から質問のメールをもらう時がある。

みんなどうやってこのブログを知るんだ? ってわからなかったけど、知り合いから

アーティストビザで検索をすると俺が数年前にビザに関して書いた記事が1ページ目に

出てくるということを知らされた。


NY Tapで検索してもなかなか出てこないのに、、、(笑)


いいことなのかどうかわかからないけど、謎がとけて良かった。

そのおかげで昔の生徒が連絡をくれてまた繋がったという嬉しいこともあった。

その彼女は当時中学生だったが、その後アメリカでダンスを続け、ビザを取ろうと

しているところだった。


基本的に知らない人からの質問には返信していないのでその辺はご了承ください。


でも最近では自分が初めてO-1ビザをとった4年前より随分と情報があると思う。

検索かけても色々出てくるし、何を準備すればよいかまで書いてある。


そして自分も去年の延長で知ったが実は英語でO-1 visaについて検索をかけると

日本語とは比べものにならないくらい多くの情報が溢れている。なんでも出てくる。

それはそうだよなー、、と今では当たり前のように思うけど、当時は日本人から情報

を得ることしか頭になかった。



今では日本に帰った人も含めれば15人以上このビザを取ったという知り合いがいる。 






うーーん、時代は変わった。(笑)







そんな感じでとりあえず嬉しかったので報告しました!






まさと


プロフィール

MASATO NISHITANI

Author:MASATO NISHITANI
New York でタップダンスやってます。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。